「ガダラの豚」 中島らも

 先日、「ガダラの豚」を再読した。多分これで3回目。
 最初に読んだのは、もう10年あまり前。
 あの分厚さに(私は文庫本ではなく、単行本で初読)に、始めは引いたけど、読んでゆくうちに見事に『らもワールド』に引き込まれ…気が付いたら、読み終えていたような感じだった。
 手が止まらないとは、まさにあのこと。
 それほどまでに、魅力的なキャラクターと、内容だった。

 私は大学時代に哲学を学んでいた。
「学んでいた」なんて云うのも口幅ったいくらい専門書を読みもせず、ドイツ語を勉強もしなかった学生だったのだが、「仏教」については自分なりに真剣に勉強したつもりだ。というのも、その大学が浄土真宗本願寺派の宗門校だったからであり、また所属したサークルが仏教活動を子供にひろめる…という趣旨のサークルだったからだ。
 卒論のテーマも「宗教と哲学」。今読むと所定枚数ギリギリの上に、稚拙な所だけが目立つ駄文だ。よくこれで及第点をくれたものである。
 「ガダラの豚」を読んだのは、大学を卒業した1994年だったのだが…これが後一年早く出ていたらと、友人とくやんだものである。
 というのも、その友人が卒論のテーマに上げていたのは「新興宗教と自己啓発セミナーの手法の比較」…。ネタバレ承知で書かせていただくが、この「ガダラの豚」第一章の「洗脳」「逆洗脳」の手法は、まさにこのテーマにぴったりだったからだ。

 そうして1995年の「オウム真理教」事件。
 「洗脳」「逆洗脳」と言う言葉が一般にもひろく知られるようになったのだが、私と友人は、中島らも氏の先見の明に、ただただ驚くばかりだった。

 そうした思い入れのある一冊を改めて読み直してみて、中島氏の筆圧の高さ、語り部としての質の高さ、膨大な知識の蓄積と、魅力あふれるキャラクターの構成力に、やはり感嘆のため息が漏れる。
 『中島らも氏は、オカルトや宗教、超能力といったものとはニュートラルな立場で接している』とは推理作家・有栖川有栖氏の言葉だが(「有栖の本棚」収録)、私もそうありたいと思っている。
 
 また、この物語は一つの家族…一人の主婦…が、絶望から再生する物語でもある。
 大生部逸美という一人の主婦が、娘の死を乗り越えて、自分を取り戻し、家族の絆を取り戻し、守るべき家族を懸命に守り抜いてゆく物語…としても読むことができる。
 今回読み直したことで、特に彼女に感情移入してしまった。
 守らねばならないものを、今の私も持っているから…だろう。

 



ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫)
集英社
中島 らも

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