「ラビリンス―迷宮―」/新井素子(徳間文庫)

 デビュー当時女子大生で…話題になりましたよね、この方。少女向けSF小説を、集英社コバルト文庫で次々と発表なさっておいででした。


 私がハマったのは小学校高学年…ちょうど以前紹介した佐々木淳子氏、柴田昌弘氏、和田慎二氏…などのSFにどっぷりだったこともあり、デビュー作「あたしの中の…」から読み始めました。
 この作品を読んだのは高校受験の迫った時期。後輩に貸してもらったこの本を最初は「早く返さないと!」と云う義務感から読み始め…しかしそのうちにページを繰る手が止まらなくなり、とうとう徹夜して読みきった覚えがあります。(ちゃんと受験勉強なんて…した覚えないな、そういえば)


 村で6年に一度の大祭の夜。神へのいけにえとして選ばれた娘たち。軍神ラーラの申し子で勇敢なサーラと、英知の神デュロプスの申し子で賢いトゥード。神はいけにえを生きたまま喰うという。しかし神を殺すか、うまく逃げることができれば…。二人の美少女、サーラとトゥードは、神と闘うべく、神の館〈迷宮〉へ向う…。


 この作品がそれまでの作品と一番違った所は、表現の方法。
 それまでの作品は主人公の女の子の「一人称」だったのに対し、「三人称」で書かれているという点。
 そして「生と死」というテーマを真っ向から見据えた、その姿勢でしょうか。
 他の命を奪いながら生きてゆかねばならない罪深い存在でありながら、何故自殺してはいけないのか? 
 若い頃にはよくつき当たる疑問かもしれません。
 キリスト教圏の人間ならば、「それは罪である」という明確な答えがあります。しかし仏教圏の住民である私達日本人にはそれはない。実際、何かの抗議のためにと、往来で焼身自殺を遂げた僧侶がタイなどにはいますし、東北地方に残る「即身仏」なども…一種の自殺ですものね?
 強い信念、もしくは救うべき衆生のために「捨身」することは、むしろ仏教圏ではもっとも尊い行為だと是認されているほどです。
 両親が悲しむから、友人達が悲しむから…そうした理由も付けられなくはないけれども、今ひとつ説得力に欠ける。
 この作品の中で新井氏は登場人物の一人に、その疑問に対する明確な答えを述べさせています。
 賛否両論はあるでしょうが…私はこの意見に賛成。皆さんはどう思われますか?



 ラビリンス(迷宮)

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