「赤江瀑」という作家

 「赤江瀑」という作家をご存知だろうか。
 彼こそ、現在の日本文学界に絢爛と咲き続ける闇の徒花(あだばな)であると私は確信している。


 耽美、幽玄、妖艶、絢爛、夢幻……氏の描き出す不可思議な幻想世界を形容する言葉はいくつもある。
 しかしどれだけ言葉を尽くしたとしても、氏の紡ぐ作品の妖しさ、激しさ、美しさを表現することは出来まい。そのことは、氏の作品を実際に手に取り、触れていただければ解るはずである。


 赤江瀑作品の醍醐味は、その洗練された言葉使いと、その筆によって描き出される様々な人間が織り成す人間模様、そして驚愕のラストまで一気に読ませてしまうその凄まじいまでの筆力の高さだと思う。氏の短編作品は、その一作一作が、千枚を超える程の長編かと思わせるほどの重量があり、また長編作品はその逆に二、三十枚の短編かと思わせるほどの勢いがある。
 氏の作品は、どこを切っても氏の香を匂い立たせている。それはさながら木の宝石と云われる白檀が、小さな切片に削り取られてもその気高い芳香を失わぬように。
 まず、そのタイトルである。小説の顔とも言えるその部分に、ふんだんに使われた美麗な文字の列。そのタイトルを目にした読者は、まず、本編の中にタイトルの鍵となる言葉を探そうとするだろう。
 そしてそれを探し続けるうちにやがては当初の目的すらも忘れ、氏の織り成すめくるめく幻想世界に、否応なく引き込まれてゆくのである。
 重厚な設定、吟味された素材……鯉、灯籠、傀儡、香り、能、歌舞伎、陶、面、刀、熱帯魚、絵画、彫刻……取り扱われた素材はそれ一つだけでも、妖しく華麗な世界と背景を持つそれらである。それらが氏の手にかかるや否や、素材は徹底的に分離・解体され、それ自身の持つ魅力をより一層際立たせ始める。やがて素材本来の持つ妖しい光に、氏独特の夢幻の芳香が加わってゆく。芳醇で毒のある、危険な香りをその身に纏い始める……そしてどこか異様でいて、尚且つ人の心を惹きつけて止まない、夢幻のエロティシズム世界そのものに変化してゆくのだ。それはさながら、窯に入れられた陶器が、灼熱の炎に炙られ窯変するように。
 海に、山に、そして都会の微妙の狭間に……氏は闇を見出し、闇を作り出す。仄暗く深く、果てなく蠱惑的(こわくてき)な闇の別天地を。氏の作品には古都・京都を扱ったものが多いが、それは一千年の歴史を有するこの古都の、華やかな顔の下に秘められた、暗黒の闇の部分に赤江氏自身、魅かれて止まぬからなのであろう。


 そして何より、氏の筆によって描き出される男性達の、なんと艶やかで淫靡なことか。
 濃厚な牡の匂いを漂わせる、靭やかな美神。芳醇な氏の匂いを身に纏い、至高の美へと向って疾駆する凄烈な美獣……。何かに取り憑かれ、執着し、そして己の信じた道のみを歩きつづける男達。その先にあるものが、狂気であることが解っていながらも、彼らはその道を歩くことしか出来ない。
 それは悪戯な運命の手に弄ばれた人間の半生であり、伝統と求道の精神に捕らわれた人間の狂気であり、またその最中(さなか)にいきつづける人間の狂乱の生き様である。堕ちてゆくしかない彼らの道は、茨の修羅道であり、灼熱の餓鬼道なのだ。
 そこには一縷(いちる)の希望もありはせぬ。彼らの生き様には、そしてその最後には決して大団円はない。彼らの生き様はある種あまりに清冽で、あまりに純粋で、そしてあまりに壮烈である。
 清冽ゆえの執着、純粋ゆえの残酷さ、壮烈ゆえの潔さ…それが物語の悲劇性に一層の花を添える。悲劇の幕を開け、狂気の舞台を演出するのである。
 何かが違う、どこかが狂っていると自覚しつつも…氏の作り出す夢幻の統帥の舞台の中から、読者は抜け出すことが出来ない。物語を読み終える、その瞬間までは。
 そして不意に切って落とされる舞台の幕。幽玄の舞台の幕。その幕の向こうに読者は人の心の闇を見、地獄を見る……。しかしその闇の、地獄の、なんと妖しく美しいことか。
 その美しさに憑かれた読者は、そしてまた新たな物語を紐解くはずである。甘美な陶酔、恍惚の悦楽に身を任せるために。そしてある瞬間、忽然として自覚するのである。己が一人の狩人になっていることに。

 氏の紡ぐ闇の世界を貪欲に求め狩り続ける、闇の狩人になっていることに……。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

sweetpea
2006年07月13日 21:06
赤江瀑! 私を虜にした作家の一人です。
TBさせていただきました。

この記事へのトラックバック

  • ねっとりと、赤江瀑

    Excerpt: 「春泥歌」 赤江瀑 著  発行:(株)講談社 ISBN4-06-184704-X  赤江瀑の短編は濃密だ。読んでいると、ねっとりと粘度の高い汗をかいているような気分になる。  頁を開くといきなり尋.. Weblog: 好きなことだけしていたい・・・ racked: 2006-07-13 21:04